羽生綾子(アスレティックトレーナー)

machida001
村山が学生時代、1998年アメリカに解剖実習に行った際、ちょうどアメリカで大学に通っていた羽生さんが通訳兼解剖助手として参加していた時が初対面です。それから20年近く、様々な分野で活躍をしていらっしゃいます。
羽生 綾子(はぶ あやこ)

味の素ナショナルトレーニングセンター
専任アスレティックトレーナ

【学歴】
平成4年3月 東京都厚生省認定 メディカルトレーナー専門学校 卒業
平成7年3月 早稲田医療専門学校 東洋医療鍼灸学科 卒業
平成8年8月 アリゾナ州グレンデールコミュニティーカレッジ 入学
平成13年5月 アリゾナ州立大学 運動科学部 運動科学科 卒業 (バイオメカニクス専攻)
平成18年5月 ピッツバーグ大学大学院 ヘルス&リハビリテーションサイエンス学部
スポーツ医学研究科 修士課程 卒業

平成8・9年8月 ロサンゼルス・カイロプラクティック大学 人体解剖実技コース終了(2週間コース)
平成14年8月 CranioSacral Therapy Ⅰコース終了(1週間コース)

【職歴・トレーナー歴】
平成2−6年 東京原宿インディアンズ アメリカンフットボールクラブ
平成4−6年 東京三菱銀行 ラグビー部
平成10年‐13年 アリゾナ州立大学 学生アスレティック・トレーナー(アメリカンフットボール、男女バスケットボール、女子サッカー、男女テニス)
平成11年 NCAA全米大学野球選手権大会
平成12年 NCAA全米大学女子テニス選手権大会
平成12年 NCAA全米大学女子ゴルフ PAC10 カンファレンス・チャンピオンシップ
平成13年 NCAAアロハボウル(全米大学アメリカンフットボール招待ボウルゲーム)
平成13年 NCAAキュア・フォー・キャンサー・トーナメント (全米大学女子バスケットボール・プレシーズンゲーム)
平成13年-15年 ペンシルバニア州 私立エリス学園 アスレティック・トレーナー
平成13年-15年 ペンシルバニア州 ピッツバーグ大学医学部スポーツ整形外科クリニック アスレティック・トレーナー
平成15年-16年 東京リゾート&スポーツ専門学校 非常勤講師
平成18年-19年 明治大学体育会男子バスケットボール部 アスレティック・トレーナー
平成19年 中央大学体育会男子バスケットボール部 アスレティック・トレーナー
平成15年- 現在 ひろヒーリングオフィス リハビリテーション・トレーニングプログラム担当
平成16年- 現在 兵庫県 育英高校バスケットボール部 アスレティック・トレーナー
平成16年-23年 日本工学院八王子専門学校 スポーツカレッジ専任講師
平成17年- 現在 東京医療学院 理学療法科 非常勤講師
平成19年-25年 卓球ナショナルチーム アスレティック・トレーナー
平成20年- 現在 公益財団法人日本卓球協会 スポーツ医科学委員会 委員
平成23年-25年 日本工学院八王子専門学校 スポーツカレッジ非常勤講師
平成25年-26年 公益財団法人日本卓球協会 メダルポテンシャルアスリート事業 アスリートライフサポートマネージャー
平成26年- 現在 公益財団法人日本卓球協会 2020 ターゲットエイジ育成・強化プロジェクト(タレント発掘・育成コンソーシアム) アスリートライフサポートマネージャー

【資格】
平成 2年 救急法 資格取得
平成 7年 鍼灸師 国家資格 取得
平成13年 全米アスレティック・トレーナー協会(NATA) 公認アスレティック・トレーナー 資格取得
平成17年 日本赤十字社救急法/AED 指導員 認定
平成19年 PHI ピラティス マット I・II インストラクター 認定
平成 21 年 JATI(日本トレーニング指導者協会)上級指導者 認定
平成 24 年 日本体育協会 公認アスレティック・トレーナー 取得

村山:今の職業とお仕事を教えてください。
羽生:日本卓球協会のNTC(味の素ナショナルトレーニングセンター)専任アスレティックトレーナーです。他にも高校バスケットボールのトレーナー、専門学校の講師や治療院での治療を行っています。
村:アスレティックトレーナーとは具体的にはどういうことですか。
羽:まずは選手のケガの評価。例えば、選手が痛い部位があった時にお医者さんに行った方がいいのか、行かなくてもよいのか、それとも他の形で治していった方が良いのか。競技を続けても大丈夫か、休んだほうがいいのか。そういうところを見極めてアドバイスをします。次に選手の身体の不具合に合わせたリハビリやリコンディショニング、またはトレーニングメニューを作って指導する。必要に応じてテーピングを巻いたり、治療が必要であれば鍼治療したり。厳密には治療という言い方をするとアスレティックトレーニングではないのですが、幸い私の場合は国家資格として鍼灸治療をできるので、そこはとても役立っています。
村:今の職業に興味を持ったきっかけはなんですか?
羽:高校時代の部活動で自分がケガしたのがきっかけで、トレーナーという仕事を知りました。興味を持ってすぐにアメリカに留学したいと思ったのですが、家族から「日本で仕事として知られてもいない職業を応援できません」と一蹴されました。それでもトレーナーにかかわる勉強がしたくて、テーピングセミナーを始めいろいろなセミナーを積極的に受講したんです。そういうところで出会った講師の方に、国家資格として体に触れることの出来る資格を取っておくのは大事なことだと教えていただいて、鍼灸師の免許を取ることにしました。
村:鍼灸学校を卒業してすぐにアメリカに行ったんですよね。
羽:はい。むこうは入学が8月だから、卒業してから半年弱の間準備して行きました。鍼灸学校の時に行ったアメリカ解剖実習で、実習の合間に実習先とは違う学校に連れて行ってもらい、本場のアスレティックトレーナーの現場を見学しました。そうしたら、やっぱりいいなぁ・・・って。日本では勉強する学校が無いなと思うと、気持ちに火がついてしまって。どうやったら行けるかとか、学校調べたり資金について目処をつけたり、とにかく2度目は計画をしっかり立て、家族に応援してもらえるように準備をしました。
村:行ったのはアリゾナの大学ですよね。
羽:初めはカリフォルニアで1年間英語学校に行きました。大学に併設されている語学学校だったので、解剖学や生物学の講義を受けさせてもらえて、いつも録音して聞き直していました。でも、カリフォルニアは日本人が多くて、ついつい日本語を話してしまうんですね、ここにいたらだめだと思って、違う州に移る覚悟を決めました。学校選びから始めて、ジープ借りて、車に荷物を詰めて引っ越したんです。今考えるとよくやったなと思いますよ。いろいろありましたから、アパートに泥棒が入ったり、車を盗まれたり・・・。
村:車盗まれた?
羽:そう、朝玄関開けてパッと見たら、車が・・・鍵はここにあるのに。何が起こったのって。
村:それから何年ですか。アメリカでの学生生活も教えてください。
羽:アリゾナに6年もいました。コミュニティカレッジという地域の大学で一般教養の単位を取るのに2年のはずが3年かかって。その単位を持って州立大学の3年生に編入しました。そこでのトレーナー実習が楽しくて、週50時間くらいは実習していました。私の大学のトレーニングルームでは頑張っている学生トレーナーへの奨学金制度があって、運良く私がいただけることになりました。大学卒業後はもう少し座学で勉強したいと思ったので、アスレティックトレーナーのカリキュラム校であるピッツバーグ大学大学院に進学しました。アメリカでは有資格の大学院生は半分社会人という扱いなんです。ですから、授業料免除、仕事に対する報酬、医療保険というセットで大学院が推薦制度を設けているんです。大学院に入学したら、授業+仕事を持つことになるわけですね。私に与えられた仕事は、大学病院の整形外科のクリニック勤務と私立高校のアスレティックトレーナーでした。そこで2年間在学し帰国しました。
村:帰国後はトレーナー活動の他にスポーツトレーナーの専門学校で教えたりしていらっしゃいましたよね。広くお仕事をしていく中で現在のお仕事に至ったと認識していますが、今の仕事についたのはいつになりますか。
羽:卓球協会の仕事を始めたのは2007年揚州アジア大会事前合宿からです。初めは大きな大会の遠征で選手に同行し、選手の身体をケアするという、アスレティックトレーナーとしてよりも治療家としての要素が強い内容でした。ロンドンオリンピックの2年前くらいから卓球協会所属になり、2大会3大会と連続派遣で月の半分以上家には帰らない生活でした。ロンドンオリンピックまではナショナルチームと一緒に海外を飛び回り、その後はナショナルトレーニングセンターに常駐して、選手たちをケアするように変わってきました。
村:今の職業で苦労したこととか心掛けていることはありますか。
羽:苦労とか難題っていうのは実はあまりないです。私が能天気なのかもしれないけど。ただ、心掛けているというか、出来る限りドラえもんみたいな存在でいたいと思っているんです。
村:ああ、わかります。どんな要望にも何かしらの。
羽:そう、答えを準備できるというか・・選手が必要なことを必要な時にパッとしてあげられる、何か困った時にいろんな角度から助けになることが出来るような存在でいたいと思っています。
村:そうすると、経験値とあとは知識の裾野が広ければ広いほど色々な対応が出来ることになりますね。
羽:そうですね、それが勘とか閃きに繋がっていると思う。だから人から、なんでそうするの?って聞かれてもすぐに答えが出ない。その時すぐには理由(理屈)は言えないけれど、その瞬間『こうしよう!』と勘が働いてそうした、という感じです。でもそれが良い結果を生んでくれる。これって、自分の持っている知識とか経験とかの断片を、今これが良いだろうって集めて出てくる感覚なのではないかと思っています。だから、ドラえもんのような存在であるために、その勘みたいなものをもっと鋭くする。そのためにも、もっと勉強しなければいけないし、もっと色々な経験をしていかなければいけないと思っています。
村:アスレチックトレーナーとしてのやりがいや魅力は何ですか。
羽:選手が10人いたら10人違うはずだから、一人一人に合うように見立てをして、そのやり方で選手が目標に近づいたりすると嬉しいですね。痛みが取れたというのももちろん嬉しいけれど、その結果選手が良い結果を出せた時がめっちゃ嬉しい。それがやりがいですね。
村:羽生さんの日々の積み重ねが選手の結果に最大限に発揮されたときですね。
羽:それは嬉しいですよね。「あ〜、やっていて良かったなぁ」と思います。
村:ここからちょっと、靴や足について伺いたいのですが、現場に於いて足をどのような位置づけで捉えていらっしゃいますか。
羽:水の中とか空にいない限り、地面についているのは足が唯一です。土台だと思っているので、一番大事だと言っても過言ではありません。どんなケガが起こっても必ず足は見ます。上肢だろうと腰だろうと。
村:靴の知識の必要性を感じたことはありますか。
羽:もちろんです。学生を教えていた時には靴の講義もしていましたよ。テーピングの本の中に靴の話も書いたりしていますからね。
村:そうでしたね。
羽:そう。靴は大好きですよ。靴の話はいつもしています。学生スポーツを見る中で、本人はもちろん親御さんに話をすることが多いです。合ったシューズを買ってくださいねって。選手のシューズを時々チェックして中敷きを取り出してみると、「こんな大穴が開いているの?」っていうのを履いていることがあります。ケガに繋がりかねないので、そんなときはお説教です。だからアスレティックトレーナーとして靴の知識は常に必要ということです。
村:少し繰り返しになる部分もありますが、靴やインソールが健康や治療、又は競技生活において期待できる効果や影響はあるとお考えになりますか。
羽:靴が合っていなかったらケガに繋がりますし、パフォーマンスも下がり、良いこと無しです。ずいぶん前の話になりますが、高校の陸上の選手でアキレス腱が痛くて病院や治療院に通ったりしていたという子を紹介されたことがありました。回復しているけれど、競技中の痛みが取りきれないということでした。アーチサポートとかいろいろとやって、確実に良くはなっていくけれど、気になる程度の痛みが残ってしまう。その子の専門は短距離なので、シューズもちょっと踵が上がっていて、実際に地面に踵は着かない。でも、痛む・・・。ウーン・・。その子の足を見ていると踵がすごく小さくて、もしかすると靴の中で遊んでいるのでは?と思ったけれど本人は特に気になっている様子ではなかったですね。
村:小さい時からずっとそうだったからそこがおかしいとは思わないんですよね。
羽:そう。それで、走っている時に踵は接地しないけれど、少し踵を包んであげたら安定するよねと言って、U字型のパッドで踵をちょっと包んであげる形にしました。そしたらすぐですよ。本当にすぐでしたね、すごく楽になりましたって。競技中の足の安定性が高まって、身体全体の安定性も取れるようになっていて、『わあ、そんなに違うんだ!』って思いました。それ以降踵はよく見るようになりました。選手たちの足を見ていると、足ほど個性があるものも他にないと思います。顔と同じくらい個性があるというか、同じ足をしている選手はいない。だから本当は靴ももっといろいろなものがあったほうがいいんじゃないのかと思います。足は個性があるのに対して種類が少なすぎます。だから、インソールで足と靴を合わせるっていう調整はとても大事だと思います。それは競技においても、普段の靴でもですね。
2015年8月31日味の素ナショナルトレーニングセンター卓球場にて